2011/02/16

業病について


いまの世間を見るに、医者ではどうしても治すことのできぬ、業病の多いのに驚く。本人の嘆きはもちろんのこと、家族の嘆きは、筆舌につくしえない。予、これをみるときに、胸に、五寸のクギを打たれるような思いがする。かわいそうで、ならないのだ。なんとかして、一日も早く、これを治してやりたいものと思わざるをえない。凡夫の身として、医者も治しえない業病を、どうして、これを治すことができようか。
 深く憂い、深く悲しみ、そのご指南を、大聖人に受ける以外にないことを知って、御書を拝見するのに、明々白々として、これが治療の方法を知ったのである。それは、富士大石寺の一閻浮堤総与の大曼荼羅を信じて、これを行ずる、すなわち信力・行力が法力・仏力となって、人力に及ばざる大現象を、そこに出現せしむるのである。
 いま、これを詳論するならば、太田入道殿御返事(御書全集一〇〇九ページ)に、病の起こる原因として、左のように示されている。
「病の起る因縁を明すに六有り、
 一には四大順ならざる故に病む
 二には飲食節ならざる故に病む
 三には坐禅調わざる故に病む
 四には鬼便りを得る
 五には魔の所為
 六には業の起るが故に病む」――と。
 一、二、三、これは医者で治る病気である。四、五、六は医者で治らない病気であるが、四、五は、いくぶんの望みなしとはしない。これらのことについては、いま医学が、なんとか解決したいと非常にあせっており、また、幾分の効果をあげえないとはいえぬ状態である。
 しかし、現代医学をもって、いかんともすることのできぬのが、六の業病である。しかも、過去世の業因によって起こったところのものは、もっとも難病中の難病である。たとえば、小児マヒ、精神病、脳水症(福助頭)等々である。
 この業病は、なにによって起こったものかというに、同抄にいわく、
「病を勘うるに六病を出でず其の中の五病は且らく之を置く第六の業病最も治し難し、将た又業病に軽き有り重き有りて多少定まらず就中・法華誹謗の業病最第一なり」(御書全集一〇一〇ページ)と。
 治し難き業病の最も重いのは、過去世の法華謗法によることは明らかである。また、業病とて、過去世の誹謗にのみよるものではなく、現世においても、同じく言いうるのである。それは前述の「軽き有り重き有りて多少定まらず」と、おおせある軽いものは、今世の業因によるものである。同抄にいわく、
「大涅槃経に云く『今世に悪業成就し乃至必ず地獄なるべし乃至三宝を供養するが故に地獄に堕せずして現世に報を受く所謂頭と目と背との痛み』等云云、止観に云く『若し重罪有って乃至人中に軽く償うと此れは是れ業が謝せんと欲する故に病むなり』云云」(御書全集一〇〇九ページ)と。
 以上のおことばにおいてわかるように、業病は、現世および過去世の業因によるものである。しからば、これを富士大石寺の大御本尊を信じ、行ずることによって、どうして治りうるかの文証は、次のおことばによって判断しうるのである。同じく同抄にいわく、
「竜樹菩薩の大論に云く『問うて云く若し爾れば華厳経乃至般若波羅蜜は秘密の法に非ず而も法華は秘密なり等、乃至譬えば大薬師の能く毒を変じて薬と為すが如し』云云、天台此の論を承けて云く『譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如く乃至今経の得記は即ち是れ毒を変じて薬と為すなり』云云、故に論に云く『余経は秘密に非ず法華を秘密と為すなり』云云、止観に云く『法華能く治す復称して妙と為す』云云、妙楽云く『治し難きを能く治す所以に妙と称す』云云、大経に云く『爾の時に王舎大城の阿闍世王其の性弊悪にして乃至父を害し己って心に悔熱を生ず乃至心悔熱するが故に●体瘡を生ず其の瘡臭穢にして附近すべからず、爾の時に其の母韋堤希と字く種種の薬を以て而も為に之を傅く其の瘡遂に増して降損有ること無し、王即ち母に白す是くの如きの瘡は心よりして生ず四大より起るに非ず若し衆生能く治する者有りと言わば是の処有ること無けん云云、爾の時に世尊・大悲導師・阿闍世王のために月愛三昧に入りたもう三昧に入り己って大光明を放つ其の光り清涼にして、往いて王の身を照すに身の瘡即ち愈えぬ』云云」(御書全集一〇〇九ページ)と。
 以上の各文をおひきになったお心は、法華経こそ一切の病の良薬であり、変毒為薬の妙なるものであるとおおせられているのである。謗法は毒であり、これを治しうる法は良薬である。業病の因たる謗法の毒を、法華経の力によって、良薬に変ずるのであるから、これすなわち、変毒為薬である。同抄にいわく、「人の地に倒れて還って地に従りて起つ」(御書全集一〇一〇ページ)、すなわち法華経誹謗の業因あるものは、また、法華経より以外のものによって、治すことのできないことは明々白々である。
 末法の法華経とは、いうまでもなく、日蓮大聖人出世の御本懐たる三大秘法の南無妙法蓮華経であり、その実体は、大聖人の極説中の極説である、弘安二年十月十二日ご出現の一閻浮提総与の大曼荼羅である。
 いま一例をひく。ここに、小児マヒの子どもを持った親があったとする。子どもは、御本尊を拝むことができぬ。しかし、親は御本尊を信じ行ずることができる。この親が、大信力を起こして大御本尊を拝み、折伏を行ずるならば、その子どもは治るのである。しこうして、その子どもが、あまりに業因深くして、終生その病気に悩まなければならぬ場合には、その子どもは生きることができないで、早く死ぬのである。なにゆえ死ぬのであろうか、というに、小児マヒの子どもを持つ親には、そのような子どもを持つ業因があるのである。されば、信心することによって親の業因が消えたとするならば、小児マヒの子どもを持つ宿命が、なくなったことになる。そうなると、これに応じて、子どもは治るか、死ぬかのどちらかでなくてはならないのである。
 付記していっておくが、金を持てない、家を持てない、というような貧乏な暮らしの宿命は、身の業病ではないけれども、やはり業病の一種になる。医者でも、薬でも治らないゆえに、といえば冗談になるが、だれ人の力をもってしても、どうすることもできない。ゆえに、かかる人は大御本尊を信じ、信力・行力を励まなければならない。
(昭和三十年四月一日)


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